目に見えない存在を感じ、耳に聞こえない声を聴く。
ここ草舟ではそんなことが日常の出来事としてあるのです。
草を編む講座に参加した時のこと、矢谷さんはこんな話をしてくれました。
ここにはいろんな人たちが集まってくる。
最近は動物や植物の通訳者の人たちも多い。
つまり、動物や植物の声を聞いて、人間の言葉でそれを表現できる才能を持った方々のことです。最初の頃は半信半疑だった矢谷さんも、あまりにもみんなが同じことを言うので、そういうこともあるのだと受け入れるようになったと言います。
草たちの声を聴く通訳の方々によると、
摘まれて、縄などに編まれている草たちは
なんと「ヒャッホー!!!」
と大喜びしているというのです。
土から植物として生きている彼らを摘むことは植物にとっては死を意味するのに。
通訳の方によると、一旦たとい植物は摘まれたとしても、縄や籠やオブジェなど新たなものに生まれ変わることを植物たちはとても楽しみにしているというのです。
人間は面白い動物で、土をこねて土器を作ったり、石を磨いて宝石を作ったり、植物を編んで紐を作ったりします。
矢谷さんは『人間は自然物の美を発見する生き物』だと言います。人の仕事が加わることで、そのものが次の命に生まれ変わる。それが人間の力、役割だというのです。
植物たちはそれを待っている。
そして、そのことは動物にも言えるというのです。
矢谷さんの家の一角に紐が飾ってあるスペースがあります。
一つは植物を編んだもの。
そしてもう一つは動物の、鹿やイノシシの皮から作られたもの。
不思議なことにこの二つがそっくりなのです。
この鹿の紐を作った猟師の話を聞かせてくれました。
その猟師は了承を得た動物しか殺さないというのです。
彼は、夜のうちに罠をかけ、朝その罠にかかった動物と話をするのだといいます。
彼は銃を使わずに、槍を持ち、それを見せながら動物たちと話すといいます。
そして彼には了承を得られた瞬間がわかるというのです。
了承を得られた動物はもう抵抗はしないといいます。
抵抗する動物は逃すのだと。
こうして心を通わせ、その命を与えてくれた動物たちのみによって彼はドラムの皮や紐や道具を作るのだといいます。
二つの紐を見ていると、もしかすると植物も動物も同じような存在なのではないかと思えてくるのです。
とても高貴な魂で、私たちの創造を真に喜んでくれている。
私たちが発見する美を心待ちにしている。
このことを知った時私は、それまでの価値観や罪悪感のようなものが打ち砕かれる思いでした。
私たちはとても弱い生き物で、時には自然の命をいただかなければ生きていけない。
そして、身の回りの自然の命を頂いて、新しいものを作るしかない。
でもそれをあろうことか、植物や動物が心待ちにしてくれていたなんて。
私たちはこれから、動物や植物たちと共存していくということを
考えていく必要があります。
でも、まずは私たちの価値観というものを一新する必要があるようです。
もっとフラットに人間、動物、植物が共に存在している世界。
そんな世界がリアルに存在している場所が、草舟なのです。